フォトシンスが、サムターン付きドア錠をスマートフォンで開閉できるようにする、「鍵ロボット」と称する製品「Akerun(アケルン)」を発売した。同社によると、後付けして“スマートロック化”できる製品は世界初だという。

Akerun とは、対応アプリケーションをインストールした iPhone/ Android スマートフォンと Bluetooth で通信し、鍵を使わずドア錠を開け閉めできるデバイスである。ドアへの取り付けは強力な粘着テープで張り付けるだけで済み、工具などを使う必要はない。詳しい機能については、フォトシンスが3月に開催した Akerun 発売/事業提携に関する発表会の取材記事を参照されたい。

前例のないもの、しかもハードウェア製品を世に出すまでには、さまざまな困難を乗り越えてきたはずだ。そこで、フォトシンス取締役副社長の渡邊宏明氏に、製品化で苦労した点や Akerun に込めた想いなどを伺った。

スマホが鍵になる錠前ロボット「Akerun」、日本のスマートロック市場を切り開く
Akerun 開発チームの面々

【未来のプロダクトで身の回りの不便を解消】

事業を始めるにあたりフォトシンスの創業メンバーは、インターネットおよびモバイル ネットワークの普及で注目されている IoT(モノのインターネット)と 3D プリンタの登場で見直されている“ものづくり”を適用して未来のプロダクトを作り、身の回りの不便を解消させたい、と考えた。思い当たったのが、スマートフォンで開閉するスマートロックである。

着想した当時、スマートロックという呼び名はあまり知られていないこともあり鍵ロボットなどと呼んでいたが、Akerun のデザインや仕様を見ると“ロボット”という呼び名はふさわしいように感じる。

世界初の後付けスマートロック Akerun
世界初の後付けスマートロック Akerun

【ハードウェア製品を作るって大変】

スマートフォンで開け閉めできる鍵ロボットというアイデアは、至って単純だ。多くの人が思いつくデバイスだろう。しかし、ハードウェア製品の量産となると、ソフトウェアやオンライン サービスを提供するのとは訳が違う。筐体のデザインや製造、電子回路の設計/生産、ファームウェア開発、製品の組み立て、動作試験、品質保証、在庫管理、発送などなど、こなすべき作業の量も種類も桁違いに多い。

いわゆる IT ベンチャー企業でハードウェア製品をゼロから開発できる人材は少なく、フォトシンスも適したメンバーを集めるのに苦労している。ハードウェアに詳しいエンジニアについては、初期メンバーにパナソニック社員がいたところから、その“つて”を辿って探した。

量産や試験は、外部アドバイザに紹介してもらった工場に依頼した。試験のノウハウや実施に果たした工場の力が大きく、渡邉氏は「たくさんの方の支援もいただきながら Akerun を作り上げることができました」と話している。多くの人の支援という意味では、「(日本で)買いうる鍵はひたすら買いまくって」Akerun を開発する過程で出会った「街の鍵屋さん」にもヒアリングして、勉強させてもらったそうだ。

なお、在庫/配送の管理については、携帯電話キャリア在籍経験のあるメンバーが端末の在庫管理や配送に関する知識を持っていたことから、自社でデーベース/在庫管理システムを構築して運用している。

ずらりと並んだ試作品から製品まで 左手前が最初の試作品、右奥が製品版 Akerun
ずらりと並んだ試作品から製品まで
左手前が最初の試作品、右奥が製品版 Akerun

【ベンチャーが身を守る武器は特許】

こうして開発を始めたわけだが、メディアで紹介されるなどしてフォトシンスの存在が知られると、関心を持った大手家電メーカーや鍵メーカーなどから多くのコンタクトが来るようになった。“長いものに巻かれ”、そういった企業の資金力やノウハウ、生産体制に頼る道もあったが、フォトシンスは自力開発/販売を選んだ。

小さな企業が身を守るには、特許が強力な武器になる。そのため同社は「ほぼ自己資金で動き出した段階」から特許事務所に依頼して、スマートロックや後付け鍵ロボットといった技術で特許を早々に出願するなどの対策を講じている。

【Wi-Fi 非対応はシンプルさの追究】

Akerun の着想段階で IoT という技術が念頭にあった。ところが Akerun は直接インターネット接続しているわけでなく、厳密な意味では IoT デバイスでない。一般家庭にも無線 LAN(Wi-Fi)は普及しているので、Wi-Fi 経由でインターネットに常時接続させ、リアルタイムに外部から監視/操作する、“真の IoT 製品”にすることもできたはずだ。なぜインターネット接続させなかったのだろうか。渡邉氏に疑問をぶつけてみた。

渡邉氏の答えは「スマートフォンを使って鍵の面倒を解決してもらう。まずはそれを体験してもらいたい」とシンプルだった。当然 Wi-Fi 対応は検討しているが、開発に時間がかかって製品を届けるのが遅くなってしまう、という理由が一つ。さらに、Wi-Fi 設定は何かと面倒なので、標準搭載するとハードルが上がってしまう、という理由も挙げた。“シンプルに面倒をなくす Akerun”の製品コンセプトに反するのだ。

Wi-Fi で利便性が向上することは、渡邉氏も認めている。その一方、セキュリティと利便性はトレードオフの関係にあるので、アクセス手段が増えればセキュリティ ホールの存在確率も高まる。Akerun 開発過程で専門家にハッキングを試みてもらうなど「セキュリティ確保にはお金も時間もかけてきた」と自信をみせる渡邉氏だが、「製品を市場に出してない段階で Wi-Fi を付けると、どんなリスクが発生するか分からない」と実に慎重な姿勢を崩さなかった。

確かに Wi-Fi 追加で機能が増えて利便性も高まるが、セキュリティ確保の難しさも増す。現状の Wi-Fi 非対応 Akerun でも、“鍵を意識しない”“スマートフォンで開け閉めできる”“鍵の貸し借りの安全性が飛躍的に向上する”など、多くのメリットが享受できる。渡邉氏の説明を聞いて、筆者は Wi-Fi 非対応も正解の一つ、と納得した。

Akerun のシンプルさは、そのデザインでも表現されている。後付けでありながら意識させず、鍵という存在まで意識させないようにするため、製品ロゴを入れずドアに溶け込ませた。サムターンを回すだけの機能ならば単純な四角形で済ませられるが、鍵ロボットの親しみやすさと先進性を示す形状のボディ デザインとした。

もちろん、Wi-Fi 接続の拡張性は検討を続ける。また、ほかのシステムと連携すると今まで想像しなかった便利な使い方が生まれる可能性もあるので、提携企業への API 開示といった展開も考えられる。

“特許のネタ出し”のような場では、「開けゴマ」と呼びかけると音声認識して解錠するなどのアイデアもたくさん出ているそうなので、今後の進化に期待しよう。

【スマートロックはホットな市場】

現在スマートロックという分野は熱い市場になりつつある。例えば、クラウド ファンディング サービス Kickstarter にも、Akerun と同様のコンセプトの「Kleidoma」や「Sesame」というプロジェクトが存在する。特に Sesame はインターネット接続や“ノック認識”など Akerun より機能が豊富だ。そのせいか、目標金額の10万ドルをはるかに超え、110万ドルもの支援金を集めている。

そのほかにも、「欧州販売実績 NO.1」という製品「danalock(ダナロック)」の日本販売が計画されているし、ソニー傘下の Qrio が製品を発売する予定だ。

スマートロックへの関心の高まりが奏功しているのか、Akerun の予約申し込み状況は好調とのことだ。販売契約や提携希望の引き合いも多く、海外向け PR は一切していないにもかかわらずアフリカ、中南米など海外からの問い合わせがあった。製品レベルのスマートロックがいかに注目されているかがよく分かるエピソードではないだろうか。

すでに複数の企業と提携している 左から 井上高志氏(ネクスト代表取締役社長) 河瀬航大氏(フォトシンス代表取締役社長) 栄藤稔氏(NTTドコモ・ベンチャーズ代表取締役社長) 光村圭一郎氏(三井不動産ビルディング本部 法人営業統括部 主事)
すでに複数の企業と提携している
左から
井上高志氏(ネクスト代表取締役社長)
河瀬航大氏(フォトシンス代表取締役社長)
栄藤稔氏(NTTドコモ・ベンチャーズ代表取締役社長)
光村圭一郎氏(三井不動産ビルディング本部 法人営業統括部 主事)

このように、スマートロックに対する期待は大きい。Akerun の切り開く日本のスマートロック市場が今後どう発展するか、楽しみだ。

Akerun で狙う市場は大きい
Akerun で狙う市場は大きい